東京高等裁判所 昭和35年(ラ)61号 決定 1960年3月23日
抗告人 有限会社高田工務店
相手方 内田孝造
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告理由は別紙のとおりである。
しかし、相手方と申立外有限会社尾崎工務店との間に成立した「畑地山林の土岩売買契約公正証書正本写(記録一二丁)」によれば、本件土岩売買なる契約の実質は、右証書面に記載する相手方所有の山林畑地につき一定範囲の土岩全部を採掘除去して平坦な宅地を造成するという仕事の完成を目的とし、採掘された土岩の所有権の取得を以て報酬とする請負契約であつて、売買の要素を包含せず、採掘自体は申立会社の義務に属するのであるから、土岩採掘権なる権利は独立して存在しないと判定すべきであり、この点に関する原審の判断は相当である。けだし、右申立外会社が宅地造成工事のために採掘した土岩の所有権を取得する点にのみ着眼して、土岩採掘権なる独立の権利が存在するものと思念し、これを切り離して譲渡差押の目的に供するときは、土岩の全部若しくは一部の採掘をすると否とは要するにその権利譲受人の自由に属し、その者に対しこれを強制する途はないものといわざるを得ないので、かくては宅地造成なる工事請負の目的を達成するに由なく、契約本来の趣旨に適合しなくなる筋合であるからである。以上の見解に反する抗告論旨は採用することができない。
よつて、右土岩採掘権に対する債権差押命令を取消し、抗告人の申請を却下した原決定を相当とし、本件抗告を棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 大沢博)
抗告理由
一、原決定は、「本件契約上採掘は権利に非ずして義務であり、土岩採掘権なる債権は独立して存在しないものといわざるを得ない」として抗告人の申立を却下している。
二、然しながら、右判断は取引の実情を無視したものといわなければならない。成程土地所有者たる相手方からのみ考えれば右契約の目的は整地だけであり、従つて土岩の買主が支払つた金員の性質を右整地義務の保証金と解している。然し、土岩買主たる申請外尾崎工務店から見れば、右契約の目的は整地に非ずして売買の目的たる土砂所有権の取得である。
たゞ、一方は整地を目的とし、一方は土砂の所有権を目的としてこれを強調するのみでは契約が成立しないし、双方共相手の義務履行を疑う為に原決定の云う如く請負契約と売買契約の混合契約という形式をとつたものに過ぎない。
三、原決定は、土地所有者の一方的言分のみ考慮し、土砂買主の経済的、社会的目的を斟酌していない。敢えて整地迄する義務を負つて土砂を取得するのは、それ程土砂が欲しいからに他ならない。
故に、土岩所有権取得すなわち土岩採掘こそが申請外の主たる目的であつて「採掘は権利に非ずして義務である」とすることの常識に反した解釈であること之亦論を俟たぬところである。
四、凡て「権利は義務を伴う」。双務契約は勿論のこと、モの他の場合でも契約当事者が単に権利のみ取得し、義務を負わない場合は稀有である。整地義務が伴うからといつて採掘は債権に非ずとするは、右の事情からいつても非論理的である。
義務を伴う故に権利性を否定されるとすれば、社会生活上、如何なる場合に「債権の譲渡」が行われ、認められるのか理解に苦しむ。